ごろうとカニ

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夏休みの海べの道を、一台のバスが走っていました。
道の下は、砂浜でした。砂浜に波がよせていました。
 ごろうが、まどから海を見ていいました。
「もうすぐかな、おばさんの家。」
 となりの席で、おかあさんがこたえました。
「ええ、すぐですよ。」
 前の席から、にいさんのたろうがいいました。
「はやく、泳ぎたいな。」
 バスは、ごろうとおかあさんとたろうを乗せて、海べの道を走って行きました。
 おばさんの家から海までは、一本道でした。白い砂の道が、
ぽこぽこと続いていました。
「行ってらっしゃい。」
と、おばさんが、家の前でいいました。
「一本道ですから、まようことはありませんよ。
どこまでも、まっすぐ行けば海に出ます。気をつけてね。」
「はい。行ってきまあす。」
 ごろうは、元気よく、いちばん先を行きました。
ときどき立ちどまって、どぶの中をのぞきました。
どぶといっても、海べの町のどぶでしたから、すきとおった水が流れていました。
「カニがいないかなあ。」
 少し歩くと、小さな川がありました。古い石の橋がかかっていて、
川岸をカニが、はさみをふりたてて歩いていました。
 ごろうは、カニを追いかけながらいいました。
「おかあさん。ビニールぶくろかして。」
 たろうがいいました。
「だめだよ。カニは、あとで。海へ行くのが先だよ。」
 カニは、ぼちゃんと川の中へしずんでいきました。橋をわたり、
バス通りを横ぎると、波の音が聞こえてきました。
 たろうは、うきぶくろをかかえてかけだしました。
「ぼく、先に行くよ。」
 ごろうは、まだ小さかったので、おかあさんの手にしっかりとつかまって、
海にはいりました。
 ザブン!
と、波が、ごろうとおかあさんをはなそうとしました。
「おひるからは、おとうさんもいらっしゃるわよ。さあ、ごろうくんも、
ひとりで泳いでごらんなさい。」
 ちかちかと、たろうのまわりで海の水が光りました。
 ザブン!
 ごろうも、思いきってとびこんでみました。水の中で目をあけると、
おかあさんの足が、白くゆれて見えました。
「そろそろ、お昼になるのね。」
「おなかがすいたね。ごろう。」
「うん。ぺこぺこだよ。」
 ぽこぽこにかわいた砂の道を、三人は、また歩いて帰りました。
 さっきの小さな川のそばまでくると、赤い大きなカニが、
石の橋をわたっているのが見えました。
「カニをつかまえるんだった。」
 ごろうは、カニよりも早く、かけて行きました。ビニールぶくろをぶらさげて。
「おかあさん。ごろうは、おいて行こうよ。」
「そうね。ビニールぶくろが、カニでいっぱいにならなくては、帰りそうにないわね。」
 おばさんの家は、もうすぐそこでした。それに、一本道でしたから、
ごろうは、かならずおばさんの家の前を通るはずです。
 たろうが、おおきな声でいいました。
「ごろう。先に帰るよ。」
 おかあさんも、いいました。
「ごろうくん。ひとりで帰ってこられるわね。」
 ごろうは、カニがもう五ひきもつまったビニールぶくろをふりながらいいました。
「一本道だもの。だいじょうぶだよ。十ぴきつかまえたら帰る。」
 おかあさんとたろうは、先に帰って行きました。
 おばさんの家で、おとうさんがいいました。
「ごろうはおそいね。」
「ぼく、見てくる。」
 たろうは、石の橋までかけて行きました。
「ごろうちゃあん。」
 石の橋の上で、たろうはよびました。
「ごろうちゃあん。」
 小さなカニが、川の中へこそこそにげて行きました。
 はらばいになって、たろうは石の橋の下をのぞいて見ました。
すきとおった水の底を、赤いカニがゆらゆら歩いているのが見えました。
「海へまた行ったのかな。」
 たろうは、バス通りを横ぎって、海まで行ってみました。
「ごろうぼうずめ、どこへ行ったんだ。」
 おとうさんも、海へさがしにきました。
 ザブン!
 波が、おとうさんとたろうの足にはねました。
「ごろうちゃあん。」
 たろうは、心配になりました。
 そのころ、ごろうは、海とは反対の町はずれにむかって歩いていました。
 ビニールぶくろのカニがうれしくて、じっとカニを見ながら歩いているうちに、
おばさんの家の前を通りすぎてしまったのでした。
 おばさんの家の前の一本道は、まっすぐ町を通りすぎると、
町はずれの森にむかって続いていました。
「おかあさあん。」
 ごろうは、ときどき立ちどまってよんでみました。
「おかあさあん。」
 日がかんかん照っていました。ちょうどお昼ごはんの時間だったせいでしょうか、
町はずれにはだあれもいなくて、ごろうひとりが歩いているばかり。
「おかあさあん。」
 ごろうは、ないていました。ビニールぶくろの中のカニが、
なみだでぼやけて見えました。
ごろうは、ずん歩いて行きました。一本道だもの、歩いて行けばいつかきっと
おばさんの家につけると、思っていました。
いつのまにか、あたりはうすぐらくなって、クヌギの木やナラの木が、
道の両がわにかぶさるようにしげっていました。
 がさがさ!
と、ビニールぶくろの中でカニが動きました。ごろうは、
手のこうでなみだをふきました。
ナラの木のえだをアブラゼミがゆっくりとのぼっていました。
 つきあたりの大きなシイの木の横に、古い石だんが見えました。
もしかしたら、だれかの家の石だんかもしれない。
ごろうは、なみだをこらえて、かけだしました。
 石だんをのぼると、池がありました。
うすぐらい森の中の池は、水草がいっぱいはえていて、
岸にぽこぽことあながありました。
あなから、なにかが、がさがさと出てきました。
「なんだろう。」
 ごろうは、そうっと近よってみました。
「カニだ。」
 赤いカニが、あなというあなから、はい出していました。
大きなカニを先頭にして、なん十ぴきものカニが
一列にならんでいました。岸べの草をかきわけて、ごろうにむかって歩いていました。
 先頭のカニが、大きなはさみをふりあげて、ごろうにむかっていいました。
「そのカニかえせ。」
 たしかに、そう、ごろうには聞こえました。
「そのカニかえせ。」
 ごろうは、ぎゅっとビニールぶくろをにぎったまま、足がすくんで歩けなくなりました。
ごろうの手にさげたビニールぶくろの中で、カニが、さわいで音をたてました。
「そのカニかえせ。」
 カニの行列が、ごろうの足もとまできました。
 ウ、ウ、ウ、ウ。
 そのとき、パトカーのサイレンが聞こえました。
「ごろうちゃあん。」
 たろうの声が聞こえました。
 ごろうは、なみだをふきながら、かけだしました。
「よかった。」
「うん。」
 パトカーは、たろうとごろうを乗せて、警察署にむかいました。
 警察署には、おとうさんが、にこにこわらって待っていました。
 警察署からの帰り道、ごろうたちは、また、石の橋をわたりました。
「ぼく、ここに、ちょっとだけようがあるんだ。」
と、ごろうは、たろうとおとうさんにいいました。
「はやくしろよ。おかあさんが待ってるからね。」
と、たろうは、ごろうを見てわらいながらいいました。
 ごろうは、石の橋の上にすわると、ビニールぶくろをさかさまにしました。
 ザブン!
 ふくろの中から、カニのかたまりが、川の中に落ちました。
 かたまりは、一ぴきずつの赤いカニにわかれて、
すきとおった水の底に、しずんでいきました。