こまとぜんじさま


  チカラとペチは出かけた

 チカラは思った。”なにかおもしろいことないかなあ。”
 ペチにしたってだ。せっかくの日曜日、お日さまはちかちかイヌごやの赤い
屋根を照らしてるし、チカラといっしょに北風団地の原っぱまでさんぽなんか
どうかなと思った。
「ワン!ね、いいでしょ。」と、ペチはしっぽをぴんと立ててチカラに言った。
 よし、イヌも歩けばボウにあたるだ。
そのボウは、もしかするとボウケンのボウかもね。
そこでチカラはペチのクサリをパチリと針金のとめがねからはずして、
「出発!」と言った。
 ワン!ペチはぐいぐいとチカラをせかせた。もちろん、ペチはイヌだから、
散歩用ロ−プのはじっこはチカラの右手首だ。もうかたっぽはペチの首輪。
かわいそうだけどしかたがない。だからペチはぐいぐいとロ−プごとチカラの右手をひっぱる。
 あたたかい午後だった。
おひるごはんにママのつくったトマト入りサンドイッチを七つもたべたし、
ポケットにはキスチョコ入りのクッキーがちゃんと十一こもしまってある。
「ペチ、ちょっと早すぎるよ!」
 でも、チカラはごきげんだった。ブタごやの三つ角でペチがちょっぴり、より道したけれどなんとも言わないでまっていた。
 ピチャ、シャアァ・・いやなペチ。コンクリートの電信柱にあと足をあげて、いつものあれだ。イヌだものね。
 ブタごやにブタはいない。ぜんいんニクヤに売られたんだ。だから、どうりでくさくない。かわいそうなブタ。
「行くぞ、ペチ!」
 牛乳屋さんも、きょうは本日休業の札がかかっていた。ざんねん。百円玉二こ持ってたんだけどね。自動販売機も売り切れの赤ランプがついている。行くぞ、ペチ!
 おはかのうら山に梅の花が咲いていた。年よりの梅の木だから、ごつごつしたふとい枝だったけれど、花はかわいらしい桃色だった。桃じゃない梅だよ。梅干の木さ。とパパが言ってたっけ。
 ピチャ、シャアァ・・いやなペチ。おはかの花たてにしちゃった。しかられるぞ!
 チカラは、竹やぶのぬけ道にきたとき、走ることにした。まだ蛇は冬眠中にきまっているが、いつもこのぬけ道は走って通りぬけるんだ。ペチにとっても走るほうがいい。シャアァ!のひまもないし、だい一、早く北風団地の原っぱまで行ける。ジュンとシン、きてるかな。
「いないね、だれも。まだテレビみてんのかな。」
と北風団地の原っぱの入り口のやぶれた金あみの横でチカラは言った。
「そうだねきっと。」
と、チカラはペチにひっぱられて金あみのやぶれ穴をぬけた。原っぱは、かれ草がかさかさと足にさわるばかりだ。でもお日さまがあたたかい。
「よし、ペチ、はなしてやるからな。」
 チカラは、パチリとペチの首輪からロ−プをはずした。ペチは立ちあがってチカラの顔を一回ペロリとなめてかけて行った。チカラは、いつものクヌギの木のところへいってみた。そのクヌギの木は、保育園の遠足でゴンゲン山へ行ったときひろってきたドングリを、ジュンとシンとチカラで地面にうめておいたら芽が出たんだ。あれから六年、クヌギの木は、チカラの背たけをこして、チカラも、小学五年生だ。
 葉っぱの落ちたクヌギの枝になにかいた。リスだ。どこかの家で飼っていたリスがにげたのか。枝の上からチカラを見てた。ペチがきた。ペチもリスに気がついたのか、上をむいてウーとうなる。前足をクヌギの木にかけてワンとほえた。まだ小さな木だったから、ペチがもたれかかれば、幹がまがっておれそうになる。だめだよ、ペチ。でも、そのとき、リスも、しなってさがった枝の上からぴょんととんで地面におりた。おりるとすぐにかそこそかさとかれ葉をふんで、かけて行った。
 もちろん、ペチは、あとを追う。チカラもだ。かれ葉をふんで、かれ草をふんで、それ行け、ペチ。たけの高い草むらのむこうにだれかいる。よせよ、ペチ。ジュンじゃないか、シンもだ。
「よオ!」と、ジュンは、いつものようにチカラを見ると言った。
「よオ!」と、草むらのむこうで、シンも言った。
「よし、こんどはみんなでおいかけろ。」
 リスは、かれ草のあいだをすばしっこくにげる。むこうのポリバケツの下に入ったぞ。原っぱのまん中のくぼ地に大きなゴミを入れとくポリバケツがあった。
 一番背の高いジュンが言った。
「いいかい、そうっとポリバケツをどかすんだ。」
 ちょっとふとめのシンは、むこう側にまわってバケツをおさえてる。一番チビスケのチカラは、ジュンの横からバケツの下をのぞいた。ペチが、ウゥー!と大きなふたつきのバケツにむかってうなった。ポリバケツは、人間ひとりむりに押しこめれば入れるくらい大がたのバケツで、ふたがきっちりとしまっていたんだ。
 シンが言った。
「中になにが入ってるのかな、やっぱり、ゴミかな。」
 チカラは、なんだか、中身はゴミじゃなくてちがうもの、たとえば死体・・・だって、ペチのやつ、いやーなうなりかたしてるんだもの。ペチは、鼻の先をバケツの方に突き出して、まだうなっていた。
「おい、リスはいいから、ふたをあけてみようよ。」と、ジュンが言った。ジュンも、同じこと考えたんだ。でも、だれがあけるんだ。ほんとうに死体だったらどうするんだ。シンも、そんな顔でチカラを見た。
 チカラは、ちょっとポリバケツをゆすってみた。なんとなくむりに押しこめられて身体が海老のようになった男の死体が入っているようないやーな音がした。
「チカラ、あけようよ。」と、ジュンが言った。シンは、むこう側でふるえていた。チカラは、ちょうど目の高さにあるポリの止めがねをひとつはずした。もうひとつはジュンだ。すこしジュンも、ふるえていた。チカラもだ。一、二、三、と大きな声で言うと、チカラとジュンは、ふたをとった。ふたは、ころころとかれ草の上にころがっていった。
「こどもの死体だ。」
「こどもが死んでるよ。」
 ジュンとチカラがいっしょに言う。ペチが、とびあがってポリバケツの中にむかってワンとほえる。シンが、こわいもの見たさでバケツをのぞく。
「女の子だよ、血は出てないよ。死んでないんじゃないか、もしかして。」
「よし、そうっと外へ出そう。」
「うん、なんだかまだ生きてるみたいだ。」
 ジュンとシンがバケツをそうっとたおした。チカラが、バケツに首をつっこむようにして、バケツの中で坐っていたように身体をちぢめた女の子のわきの下にりょう手をさしこんで、えいさっと引っぱり出した。おかっぱ頭の四つか五つぐらいの女の子だった。
 女の子の身体は、まだあたたかい。死んだように手も足も頭もだらんとして、息もしてなかったけど、「しんぞうは動いてる。」と、チカラは、かれ草の上にあおむけにねかせた女の子の胸に耳を当てて言った。
「ポリバケツの中にとじこめられて息が出来なくなったんじゃないかな。」
 ジュンは、さすがに一番背が高いだけのことはある。こう言った。
「そうだ、サンケツっていうんだよ。酸素がなくなって窒息したんだ。」
 シンも、さすがだ。
「早く119番したほうがいいよ。それにだれか呼びに行ったほうが。」
 それで、きまった。もしかしたら、まだたすかるかもしれない。シンが、すぐに集会所のうらにある電話ボックスにむかった。チカラは、ペチに、パパか、ママを呼んでこいと言って、家の方角を指さしてみせた。チカラのパパは、消防署につとめてたんだ。そして、きょうは、きのうまで泊まり番だったので、休みで家にいた。ママも、保育園の先生だったから、どちらも119番と同じくらいたよりになる。ペチは、いざというときのために、このくらいの訓練は受けていた。ワンとひと声、チカラにいうと、かれ草の上をとぶようにしてかけて行った。
 ペチが、金あみのやぶれ穴をくぐって行くのを見ながら、ジュンが言った。
「チカラ、お前もパパに、いざというときの訓練受けたって言ってたな。」
「ウン。」
「こういうとき、早く人工呼吸っていうのしないとだめなんじゃないか。」
 たしかに、救急車が遅いと手遅れになる。でも、消防士のパパなら、すぐ人工呼吸するだろうけど、チカラは、まだ小学五年生だ。
「そんなこと言ってたら生きかえらなくなるぞ、たしか、三分すぎたらもうだめだって聞いたことがある。」
 ジュンがかさねて言う。
「もう、シンが行ってから二分はたつ。チカラ、やれよ。習ったんだろ。」
 チカラは、女の子の顔を見た。女の子は眠っているようにかれ草のなかに横になっていた。ジーパンのすそからかわいらしい足が出てる。靴は、ぬいでバケツの中に入ったのか、水色のソックスをはいていた。白いブラウスの上にジーンズのチョッキを着てた。チョッキの左の胸にくるみをもったリスのワッペンがついていた。ワッペンのあたりから、チカラの大好きなバニラの甘い匂いがした。チカラは、男ばかり三人兄弟の末っ子だった。だれにも言ったことはないけれど、姉さんか妹がひとりいたらなあと思ったことがある。
 そうだ。パパは言ってた。
「いざというとき、ためらうな。そのために訓練をするんだから。」
 そして、その訓練は、ペチにも、チカラにも、おなじくらいにきびしかった。パパは、子どものときから消防車に乗って火事場に行くのが夢だったという。パパは、チカラにパパのように消防士になれとは言わないけれど、「いざというときに役にたつワザは身に付けておいてそんはない。」と、チカラが、保育園の年少組のときから、いろんなことを教えてくれたんだ。「こういうことは、早い方がいいんだ。」と、パパは言う。もちろん、人工呼吸のようなことは、小学生になってからだったが、けがの手当てとか、とびおりジャンプとか、木のぼりとか、ナイフとか、道さがしとかは、保育園のときからだ。
「チカラ、なに考えてるんだ。やれよ。」
と、またジュンが言う。
 チカラのにぎってた女の子の手首が、きうにつめたくなっていくような気がした。
たいへんだ。チカラは、パパに習ったとおりに、まず女の子の手首におや指の腹をあてて、みやくをさがした。すきとおるように白い皮膚の下で、とくっとくっと血管がふくらむ音がする。
 まだ、だいじょうぶだ。よーし、やるぞ。そうだ、ジュンにも、手つだってもらおう。
「ジュン、首の下に手を入れて、口がよく開くように少しもちあげるんだ。」
「こうかい。」
「オッケイ、頭をもうちょっとうしろにまげて。」
 ジュンは、女の子の左がわにすわって、もうひとつの手で頭をおさえた。チカラは、右がわから、右手で女の子のあごをもち、左手で女の子の鼻をつまんだ。いよいよつぎは、口を大きく開けて、外に空気がもれないようにチカラの口と女の子の口をぴったりつけて、四回つづけて息を吹きこむんだ。
 ジュンは、どきどきしながら、女の子の顔と、チカラを見ていた。チカラは、ちょっとジュンを見て、なにか言いたそうな顔をしたが、大きく息をすいこんで、そのまま思い切って顔を女の子の顔に近づけていった。
 ふぅー、ふぅー、ふぅー、ふぅー、
 この四回で、女の子の胸のところがふくらまなくてはいけないんだ。
「ふくらんだぞ。」
「うん、ふくらんだ。肺の中まで空気が入ったんだ。」
 あとは三秒に一回の早さで息を吹きこむ。
 ふぅー、二、三、ふぅー、二、三、というふうに、チカラは、女の子の胸を横目で見ながら、息を吹きこみつづけた。この三で息を吸うのがむずかしいんだ。一回だけ、ジュンのおでことゴツンコをしたが、どうにか練習したとおりにできたと思う。練習のときは、人形だったから、人間の口に自分の口をつけたのははじめてだった。いつものジュンだったら、なんかいっただろうが、むかい側にすわって、女の子の頭をおさえていたジュンの目は、ぎらぎらしていて、口をきくどころではない。ジュンも、いっしょになってチカラのように頭を上下にふって、口からはあはあと息をはいていた。
 何回息を吹きこんだあとかわからない。とっぜん、ジュンがさけんだ。
「おい、やめろ、チカラ。息をしたぞ!」
 言われなくてもチカラにも、わかった。口をはなしたら息の出る音に注意する。そうパパも言っていた。
 女の子の頬がふくらんだように見えたら、ふうーと、女の子の口から息が出る音がしたんだ。チカラは、もう嬉しくて嬉しくて、泣きそうになった。もう一度だけ、そうっと息を吹きこむと、あとはつづけて、自分の力で息をしはじめた。チカラは、両手を女の子の顔からはなし、かれ草の中に坐って、女の子の胸を見ていた。はだけた白いブラウスのあいだで、女の子の胸が、冬の日光にうす紅色にひかり、かすかだけどふくらんだり、へこんだりしていた。そして、女の子の口のまわりは、つばきでべとべとにぬれていた。
 チカラは、あわててポケットからハンカチをだすと、ぬれた口のまわりをふいてやった。ついでに自分の口も。
 ジュンは、そんなチカラを見て、にやっと笑った。ジュンのやつ、あのつばきはチカラのだってわかったのだろうか。でも、ジュンはなにも言わない。
 パパとペチがきたとき、女の子は、もう元気にジュンと話していた。チカラも、いっぱい聞きたいことがあったんだけど、なんだかなんにも言えなかった。
 救急車のサイレンが聞こえたのは、それからしばらくしてからだったと思う。シンが言うには、電話はすぐかけたんだけど、ぜんぶ出はらってたのか、来るのが遅かったんだと言うんだ。女の子の家の人はだれもいなかったので、パパが付きそって救急車に乗って行くことになった。
 女の子は、自分からポリバケツに入ったという。そして、かけがねは、タカヒロちゃんという男の子にしめてもらったというんだ。
 その話を聞くと、パパや、救急車の人は言った。
「自分からかぎをかけてもらうだなんて、とても理解できませんな。」
「ちいさい子どものことだから、窒息して死ぬなんて思わなかったんでしょうね。」
「そうでしょうか。知ってて入ったとは考えられませんか。」
「自殺ですか。まさか。」
 救急車は、そんな話を残して走り去った。
 救急車のサイレンに、北風団地の大人や子どもたちが、原っぱの金あみの前に百人以上も集まった。
ジュンとシンとチカラとペチは、原っぱの目のまえにそびえ建つ十三階建ての十三号棟の横をぬけて、野次馬の視線をのがれるように走った。走りながら、シンがジュンに言った。
「チカラが、女の子にチュウするの見たかったな。」
「ばか、そんなこというんじゃない。」
と、ジュンは、めずらしくおこった顔でシンに言った。
 チカラは、だまってペチに引きずられながらかけていた。息を吹き返してから目を開けた女の子、かわいらしかったなと思っていた。ペチが、ぐいとロ−プごとチカラの手首を引いた。むこうにジャンボ公園が見えていた。ペチのやつ、公園でまたはなしてもらえると思ってるんだな。でも、だめだよ、公園は。赤ちゃんつれたお母さんたちが大ぜい来てる。うるさいよ、イヌをはなすと。
 そのとき、チカラは、ふっと思いだした。あのリスどうしたんだろ。
 ジュンも、そう思ったのか、ジャンボ公園のブランコにゆられながら、チカラとシンに言った。
「あのリスどうしたんだろ。」

(児文芸6巻掲載 作:朝比奈秀行)



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