マーケットって知ってますか。いろいろな店がならんでいる。ヤオヤや、サカナヤや、ニクヤや、オカシヤや、ケショウヒン店なんかが。
そのマーケットで、出あった男の子の話を、これからします。

 細い長い、マーケットののある道、ぼくが歩いていましたら、
「アッチかな。」
「コッチかな。」
「よいさかホイ。」
「よいさかホイ。」
 男の子がひとり、どしんと、とんで出て、ぼくのおなかみぶつかりました。
「アレ、レ、レ、レエ。」
 その子は、くるくるりと、ひとまわりまわると、目がまわったのか、ぼくをぽかんと見あげました。
「どうしたの?」
 あまんり、ぽかんとしてたので、ぼくが聞きましたら、
「ホシが落ちたんだ。」
 ぽつんと、こんなことをいいました。
「ホシが落ちた?」
「うん。はやく行かないと、なくなっちゃうよ。でもどっちだかわからない。ぼく、どっちから出てきたっけ。」
「あのサカナヤさんの横からだよ。」
「そうかなあ。」
「そうだよ。」
「そうか。じゃ、行こう。」
「あれ、そっちっは、出てきたほうじゃないか。」
「いいんだよ、さよなら。」
「さよなら。」
 男の子は、出てきたほうの道を、出てきたとおんなじに、さっさか、かけ足でいきましおた。
「アッチかな。」
「コッチかな。」
「よいさかホイ。」
「よいさかホイ。」
 そんなかわいい声だけが、立っているぼくの耳にのこりました。
 そのとき、ニクヤさんお店の中から、茶色いイヌがのびをひとつして、のそのそと出てくるのが見えました。ぼくは、イヌが、ちょっとだけこわかったので、はんたいの道を帰りました。

 それから、三日ほどたったある朝はやく、細い長いマーケットのある道をぼくが歩いていましおたら、
「ドウシタカナ、ダイジョウブカナ、トドクカナ。」
 オカシヤのとなりの、タバコヤの前で、おとといの男の子にあいました。男の子は、空色の運動グツをはいていました。
 タバコヤの前には、ポストがあります。もちろん、赤い大きなポストです。そのポストの手紙を入れる口を、男の子は、のびあがって見てたのです。
「やあ、こんにちは。なにしてんだい。」
「手紙、出したんだ。」
「手紙?」
「そうさあ、ここへ入れたんだよ。」
「で、どこへ出したんだい。」
「もちろん、ホシへさ。」
「ホシ?」
「うん。へんじ、すぐくるかな。」
男の子は、本気でした。まつ毛の長い黒い目が、きらきら光ってぼくを見ました。
「で、なんて、あてなを書いたの?」
「なんにも。」
「なんにも?」
「うん。」
 ぼくは、ちょっぴりおとなでしたから、ちょっぴりだけ、頭がおかしくなったような、へんてこりんな気持ちになりました。
「なんにも書かないって、それじゃ、中身も?」
「そうさ。いいんだよ。それで。」
 男の子は、めんどくさくなったのか、それで、帰ろうとしました。ほんとに、なんにも書かない手紙ってあるかしら。ぼくは、やっぱり、気になりましたので、タバコヤさんのほうをちょっと見てから、ポストの大きな口の中を、そうっとのぞいてみようとしました。
 ポストの口の中は、まっくらけで、もちろん、なんにも見えやしません。ただ、なんとなく、くっつけた鼻の先に、ぷうんと字のにおいのようなものがしました。
「だいじょうぶかな。むりだなあ。」 
 そう、男の子にいおうとしましたら、もう、男の子はどこへ行ったのか、オカシヤさんの売り場の、こげ茶色のピーナッツチョコレーットだけが、なんとなくあまそうに見えるばかりでした。

 また、それから三日めの夜、細い長いマーケットのある道を、やっぱり、ぼくが歩いていましたら、男の子に、オカシヤさんの前であいました。
「やあ。こんどは夜あったね。へんじ、きた?」
「うん。きたさあ。」
「へんじ、見せてくれる?」
「いいよ、ほら。」
「えっ、なあに、これ?」
 なんにも書かない手紙のへんじというものが、いったいどんなものかと知りたかったので、ぼくは、とびつくように首をのばしましたら、男の子の手の中の、見せてくれたものというのは……。
なんと、ちいさな空色の小石、それも、おんなじにうすべったくって、まるっこいのが四つも、手のひらにあったのです。
「こりゃ、石じゃないか。」
「うん、石さ。いまはね。」
「いまは?」
「ほんとはね。ホシなんだ。」
「ホシ?」
「そうだよ。だまっててよ。」
「へえ、ホシかねえ?」
 すっかり、かんしんして小石をながめていまいたら、あっさり男の子は、あげるというんです。
「これ、あげるよ。もって行っていいよ。」
「ぼくにくれるの?いいのかい、ほんとに。」
 ぼくは、こんなしあわせって、あるのかなと思いました。ホシを四つも、もらえたんです。
「茶色いイヌに、見せちゃだめだよ。ホシを見つけると、食べたがるんだから。」
「ホシを食べるの?」
「ホシを食べると、体がすきとおると思ってるのさ。体がすきとおれば、イヌコロシもこわくないからさ。」
「そうかあ。」
「でも、ムリさ。ホシを食べてもすきとおるわけないのにね。」
 ぼくは、茶色いイヌが、ちょっぴりかわいそうに思いました。でも、なくすとたいへんですから、四つの小石は、ポケットにちゃあんとしまいました。
「じゃあ、さよなら、もうこないよ。」
と、男の子がいいました。
「こない?」
「うん。ぼく、ホシへ行くんだ。」
「ホシへ行く?」
 そう聞きかえしたぼくの声は、ニクヤのうらから出てきた茶色いイヌに、わ、わんとほえつかれてきえました。男の子のすがたも、その声といっしょに、どこかへ見えなくなりました。
 わ、わ、わん!
 ほえつく、とびつく茶色いイヌに、ぼくもおいかけられてかけました。バス通りの横断歩道も、気がつかないうちにかけて渡って、ぼくは、家のある横ちょうへ、横っとびにまがっていました。
「ただいまあ!」
 げんかんから入らないで、庭のほうへまわって、ぼくは、ガラス戸がゆれるくらいにいいました。
「おかあさーん。いいもの。」
 ポケットの中の四つのホシ、空色のうすべったい四つの小石。
「あっ、ない。ひとつもない……。イヌが、さっきの茶色いイヌが食べちゃったんだ。」
  それから、ぼくは
  細い長いマーケットの道で
  茶色いイヌにあったとき
  小さな声で こういうんだ
  ね、ね、ぼくのホシ
  かえしてよ 

                                                  (おしまい)

イヌ
細い長いマーケットのある道で
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