ルルという鹿の話
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       (二)

  マハーダナカはしょうがない男だった
  マハーダナカはしょうがない男だった
  お金持ちに生まれたのがいけなかったか
  お金持ちに生まれたのがいけなかったか
  マハーダナカ マハーダナカ
  お金持ち お金持ち

 アナンさんは、しいんとつきぬけたような気持ちから、ふと自分を取りもどしたなと思ったら、こんなことをつぶやいていた。 あたりにはなんにも見えないで、言葉だけがそこにあったのだ。
「マハーダナカってなんだろう。」
 アナンさんは自分で言ったことが、自分でもなんだかわからなくて、しきりに頭をかしげてみた。
「いや、いまのは、わたしが言ったのではないかもしれない。それよりわたしは、なにをしてるのだろう。なにをしようとしたのかしら。」
  頭の中はぐるぐるまわっているようで、外のようすさえなぜか見えないんだ。 自分のまわりには、なにもなかったのかしら、なんだ、わたしは目をつむっていたんだ。アナンさんは、目を開いた。 けれどもやっぱり、あたりはがらんとしていて、ただぼんやりかすんだもやの向こうに、高いお城の門がぼやっと見えた。 そのお城の門がダイダイ色で、そのダイダイ色の門の向こうから、だれかの歌のような声が聞こえてきた。

  マハーダナカはしょうのない男だった
  お金持ちに生まれたのがいけなかったのか
  朝から晩まであそんでいて
  お金のあるだけつかってしまった
  両親に死に別れたのが二十才のとき
  それからも お金をつかうだけつかって
  毎日 遊んですぎたのだ
  だから三十にもならないうちに
  台所の砂糖つぼもからっぽのまま
  天井のネズミまで食べるものがなくなって
  隣の洋服屋へ逃げていってしまった
  門番のイヌまで ご飯がもらえないから
  三匹そろって 野良犬になった
  そして主人のマハーダナカも
  野良犬と同じになりそうになった

  あわてたマハーダナカは イヌではないから
  もうすこし なんとか することにして
   たったひとりのこった 召使いのカロンボに
  どぶ板の大きなのを はがしてこさせて
   紙をはって つぎのようなおかしな文句を
   考えに考えたすえ 書いてわたした

  むかしは長者のマハーダナカが
  一生に一度のおおふるまい
  先祖のせんぞから この家につたわる
  まるで腕のような黄金の棒や
  象の目よりも 大きなサファイヤ
  るびい ダイヤモンドのかくれたひみつ
  宝の地図を さしあげよう

  もうもう長いながい道楽ぐらしで
  お金も宝もいやになった マハーダナカが
  ほんとに最後のおおふるまい
  お世話になったおれいに さしあげよう
  お世話になったみなさんに さしあげよう

  だから 召使いのカロンボは その板をもって
  となりから隣へと 歩いてまわった
  なんにも言わないで だまってだ
  聞かれてもわからないから だまってだ

 終わりの方になると声は、きゅうにちかくなって、アナンさんの目の前に来たようだ。アナンさんは、あわてて目をこらすと、目の前が白くひかる石だたみで、すぐ向こうにソフトクリームのようなまあるい屋根が、三つ一列に並んでいた。その屋根が緑色と黄色と赤で、てっぺんに金色のとんがりが、やっぱり三つともついているんだなと、そこまでアナンさんが思ったとき、その屋根の下の石だたみの道を、 たしかにさっきの歌の男が、紙をはった大きな板きれをもって、ぽくぽく歩いてやって来た。
「あれが、召使いのカロンボだな。きっとそうだ。」
 なぜ、アナンさんがそう思ったのかわからない。ほんとに男は、カロンボだった。カロンボは、ぽくぽく歩いて来た。だまってアナンさんの前を通りすぎた。 「そうだ。あの男のあとをつけてみよう。」
 アナンさんは探偵のように、カロンボのあとをつけた。気がついたらアナンさんは、緑色と赤い屋根のあいだの黄色いまあるい屋根の家の庭に、 するりと入ってかがんでいた。もちろん、そこが、マハーダナカの家だ。さすがにお金持ちの家だけある。大きなまるい石の柱が十三本も数えると立っていた。 十三本の柱のまん中に紫色のふかふかのじゅうたんが敷いてあって、やせっぽちの水色のシャツを着た男が、おくの方を向いて坐っていた。 「あれが、マハーダナカだな。」
それにしても、なんにもない家だ。柱ばかりがのこったというわけか。召使いのカロンボは、また出かけたのか。マハーダナカはひとりだった。

  マハーダナカは ひとりで笑いながら
  あはは あははとひとりで笑いながら
  戸だなからもう一枚 白い紙をだすと
  四つに切って 八つに切って 十六に切って
  どれにもガンジスと その岸辺の地図を
  でたらめにインクで ぐちゃぐちゃと書いた
  その上 流れのまん中あたりに
  ぽとんと 赤インクで バッテンを書いて
  あはは あはは これでよい と言った

「ははん、あれが、宝の地図だな。」
 見ていたアナンさんはそう思った。
「でも、あれでは、ほんとうらしく見えないなあ。宝の地図というものは、たいてい古いものだもの。」
  やっぱり、マハーダナカも
  そう考えたか
  戸棚から こんどは桐の箱を出して
   そのふたを ぽきんばりんとわると
  ナイフでごしごし桐の板をけずって
  火をつけてもやすと
   その煙で 宝の紙切れを すこうしいぶした

「あれ。なんであんなことをするんだろう。ああすると古くみえるのかな。」
 アナンさんは三番目の柱のかげから六番目の柱によつんばいですすんで、そおっと見つからないように首をのばした。
 すると、どうだい宝の紙切れが、ほんとに海賊船の宝の地図のようにすすけて古く見えたんだ。
 じっさい、アナンさんは知らなかったが、いんちきな古道具屋がいまでもこうして、桐の板の煙でいぶしているのを、マハーダナカは知っていたにちがいない。ぼくはそんなことはしないけれど。

  あはは、こんどこそできあがりだ
  ふうっとマハーダナカが 煙をふくと
  すすけた紙切れは ぷうんとなんとなく
  百年もむかしのにおいがするようで
  とにかく たいしたものだった

  あはは、あっは たいしたものだ
  マハーダナカは うれしくてならなくて
  のりのきいた ごわごわの真っ白なターバンを
  ぐるぐるとがった頭にまくと
  胸をはって 立ち上がって カロンボを待った

  ナツメヤシの花もしぼんだし、
  大理石の門柱もあかね色いそまってたから、
  たぶん、夕方になったんだろう。
  召使いのカロンボはもう帰っていい時分だった。
  するときたきた おおぜいきた
   カロンボどころか 町のみんなが
    あごをつきだし せかせかきた

  「マハーダナカさん こんにちは。」
  「マハーダナカさん こんにちは。」
  みんな宝が ほしくてならないのか
  まるで馬のように せかせかきた  

  「マハーダナカさん こんにちは。」
  世の中というものは おかしなものだ。
  マハーダナカの家は みるまにまんいん
  よくふかのひとたちで いっぱいになった

  あはは みなさん ごきげんよう
  「ひとにものをあげるというのは ゆかいですねえ。」
  マハーダナカは できたての地図を
  胸にかかえて にやにや言った
  「ところで どうしますかな この宝の地図は
  たったの十六枚 みなさんは おおぜい。」
  マハーダナカは みんなのまえで
  まったく こまった顔をして見せた
  そうだ こうしましょう あすの朝になったら
  召使いをもう一度まわらせて
  それまでに こちらで宝の地図を
  十六枚ありますから 十六人
  えらんで くばるように いたしましょう。」
  みんなは それを聞いて
  「もっともだ。」
  と思ったのか その場は だまって  帰ったようだ
 

  ところが そのすぐあとで