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サバンナの黄色い風1. 黄金色のたてがみ
 草原のところどころに、枝を傘のようにひろげたカサアカシアの木がはえていました。開通したてのサバンナじゅうかん道路を、東から西へ、一台のバスが走っています。道路のはしを、背の高いマサイ族の少年が歩いていました。
少年は、左肩に弓と矢づつと背おい袋をかけ、右手に長いやりをもっていました。
 道路のずっとむこうに、小島のようにもりあがった岩がありました。大きな岩のまわりには、いくつか小さな岩も草の中から頭を出していました。
 その大岩の上で、さっきからライオンが一頭、はえそろったばかりのたてがみを風になびかせて、バスや、こげ茶色の肌をしたマサイ族の少年を見ていました。
 まだみじかいたてがみや、けがひとつない毛なみから、ようやく三才か四才の少年ライオンだとわかりました。たてがみが、サバンナの太陽にてらされて、黄金色にひかっていました。そして、うしろにぴんとあげた尾の先には、銀色にひかるふさ毛がありました。
 少年ライオンは、ほこり高き王さまライオンでした。王さまライオンは、ふつうのライオンより、早くたてがみがはえそろうといわれています。そして、そのたてがみは黄金色で、尾には銀色にひかるふさ毛がある。王さまライオンが、ひとたび銀色のふさ毛をたてて草原をかけるとき、草は、じぶんから道をひらいて、みるまにひとすじの道ができる。あのずぶといクロサイも、あばれゾウさえもが、道をよけるといわれていました。
 マサイ族や、アカハナ族の男たちにとって、王さまライオンと戦うことは、最高のめいよでした。
 アカハナ族の村では、三年に一度、雨のきせつの最初の満月の日に、ライオン狩りをして、村の神にそなえることになっていました。そして、もし王さまライオンをしとめることができたら、ほかのライオンには手だしをしないきまりでした。それほど王さまライオンは、すばらしいライオンだったのです。
 その日が、きょうでした。
 パクは、けっしんしていました。じぶんひとりが出かけていけば、なかまたちみんながたすかるのです。パロンダのパク、それが、少年ライオンの名前でした。パクは、母親のパサと、弟のヤンと、それから、なかよしのいとこのカルンの一家と、パロンダ川の岸べのアカシア林のなかにすんでいました。
 王さまライオンは、めったに生まれません。ですから、ヤンも、カルンも、おなじ一族のライオンでも、王さまライオンではありません。
 アカシア林のむこうをパロンダ川が、大蛇のようにくねって東へながれていました。ながれの先に、赤茶色のがけがつづくアカハナ谷が見えています。村は、そのむこうにあるのです。
 パクは、アカハナ谷を見ていいました。
「だまされても、だまされなくても、出かけていかなくてはならないんだ」
 ちょうどそのころ、アカハナ族の村の広場で、しゅう長がにやりと笑って、一番隊長にいいました。
「行け、行ってパクに毒矢の雨をふらすんだ」
「出発!」
 隊長は、赤茶色の鼻をぎゅっと空にむけていいました。
 十一人の戦士たちは弓をかかえて走りました。かたかたと背なかで、毒矢のたばがなりました。
 アカハナ谷は、まっ赤でした。ナツメヤシのこずえまで夕日にそまっていました。三年前のこの日、とうさんライオンのパロンが、十一本の毒矢を背にうけて死んだのは、この谷の道でした。
「だまされても、だまされなくても、なかまたちみんなの幸福をまもるためなら王さまライオンは出かけるのさ」と、パロンはいって、死んだのでした。
 パクは、ゆっくりと谷の道をのぼって行きました。むこうの岩かげに、赤茶色の鼻がのぞきました。そのとき、マンゴスチン林のほうから、ひどい音、なにかたくさんのけものの足音がひびきました。音は、ぐんぐんちかづきます。
 パクは、ナツメヤシの木かげにみがまえました。アカハナ族の戦士たちも、がけの上からのぞきました。
「シマウマだ」
 隊長が、おどろいたようにさけびました。何百頭ものシマウマが、砂けむりをあげてかけてくるのでした。
「パク、いまよ。いそいで!」
 それは、だいすきなカルンでした。弟ライオンのヤンもいます。
「ぼくとカルンで、シマウマをおどろかしたんだ」
 谷間は、ひどい砂けむりにおおわれました。パクは、黄金色のたてがみにつもった砂をぶるっとふるいおとすと、また歩きだしました。
「三年ごとのライオン狩りに、王さまライオンをすべてのライオンたちのみがわりにするわけは、むかしから、黄金色のたてがみのライオンは、アカハナ族に”不幸”をまねくか、”救い主”になるか、どちらかだといういいつたえがあるからなのよ」
「だから、アカハナはとうさんひとりを殺したのか。ライオンが、人間の救い主になるわけがないものね」
 谷をぬけると、またひろびろとした草原でした。左手にマングロープの林が見えました。林のむこうにアカハナ族の村がありました。パクは、草原をとぶようにかけました。黄金色のたてがみが、夕日にかがやいて見えました。
 あとひととびでマングロープ林につくかと思ったとき、一本のほそい長いやりが、パクにむかつてとんできました。
「もどっちゃだめ。とびこむのよ、林へ」
 一しゅんまよつたパクの耳に、カルンのさけび声がきこえました。パクは、やりのほ先が、たてがみをぬったようにかんじながら、ひととびで枝をひろげたマングロープの木かげにとびこみました。
 草原に夜がきました。アカハナ族の女たちは、広場にたき火を赤々ともやし、酒もりのよういをして、ライオン狩りに出かけた男たちをまっていました。
 サーカスのライオンが火のわをくぐる話を、パクは、とうさんからきいたことがありました。だから、パクは、たき火をおそれはしませんでした。
 タム、タム、タムと、闇のむこうから、たいこの音がきこえました。たいこは、パクが村にむかつたことをしらせていたのでした。
 たき火が、ぐわっとひときわもえあがったとき、パクは、ゆっくりと広場の中にすすんで行きました。男も女も、息をのんでパクを見ました。アカハナ族のしゅう長は、さすがに一族の長でした。しずかに立ちあがると、やりのほ先を夜空にむけていいました。
「わが手で息のねをとめてやる!」
 パクの目も、しゅうちょうの目も、ほのおをうつして赤くもえて見えました。
 じりっじりっとちかづいていたしゅう長の足が、ぴたりととまりました。パクは、もう一歩しゅう長が前に出たらとびかかろうと思っていました。
 ライオンとむかいあったら、ひととびでライオンがとぶ距離よりも、一歩さがってまつのがコツだ。体あたりができなければ、やりが勝つ。勝つための訓練を、アカハナ族は子どものときからうけていました。パクのひととびは、しゅう長の歩幅でちょうど八歩の距離でした。
 パクは、牙をむいて、一歩前に出ました。しゅう長は、すっと一歩さがりました。しゅう長は、九歩はなれていたのです。
 パクは、もう、思いきってとびかかろうときめました。パクのこころがわかったのか、しゅう長は、にやりと笑って、やりをかまえなおしました。
 そのとき、月にひかる林のなかからカルンとヤンが、パクをよんだのです。
「たいへんだ。しゅう長の家が火事だよ」
「赤ちゃんが、ひとりでねてるのよ」
 パクは、月光のように広場をかけぬけると、ほのおにつつまれたニッパヤシのこやのなかへ、まるで火のわをくぐるサーカスのライオンのようにとびこんで行きました。
「黄金色のたてがみのライオンは・・・」
こやの前でほのおのなかにとびこもうとしていた母親をおさえて、しゅう長が、いいました。
「救い主だったんだ」