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サバンナの黄色い風4 . ボクのサバンナ
”ひゅうぅー、ひゅうぅー”フエアカシアが、その日は朝からはい色のこぶ笛をならしていました。なにかいやな事件がおこるのでしょうか。トビウサギも、やけにいそがしそうにはねていました。パクは、ひとつのびをすると、カルンをさそって水あびに出かけました。パクは、およぐのもとくいです。でも、きょうは水にからだをしずめるだけでじゅうぶんです。おちつかないときには、これがいちばんでした。
 カルンも、そっとパクの背なかにしり尾をのせてじっとしています。風がふいていましたので、ときどき三角なみが顔にあたりました。パクは、風上にからだをまわすと、カルンに水がはねないようにしてやりました。そんなパクを見て、カルンはいいました。
「パクは、ケイタさんのことだいすきなの」
 女の子って、ライオンでも、ときどきへんなことをきくものです。
「もちろん、だいすきさ。きょうもカクトウギを教えてもらうんだ」
「カクトウギ」、それは、ライオンとライオン、ライオンとニンゲンが戦うためのワザでした。
「ケイタは、小学生のときに、それをおとうさんにならったんだって」
 パクは、黄色いわか者のそんなところがだいすきなようでした。どういうわけか、カルンには、そこが気にいらないのです。
”ひゅうぅー、ひゅうぅー”フエアカシアが、いっそう強くなりました。パクは岸べにたつとぶるっと水をおとしてから、かけ出しました。カルンも、あとをおいました。そういえば、ヤンのすがたが見えません。
 ヤンは、アカハナ谷の入口で、アフリカオオカミのむれにかこまれていました。オオカミのむれは十五ひきもいたでしょうか。チビライオンのヤンよりは、どれもずっと大きく見えました。
 ヤンは、赤茶色の大きな岩の上にとびあがって、かなしそうな声でなかまをよびました。けれども、ここからパクやカルンのいる川のほとりまでは5キロ以上もありました。ケイタも、いまころはアカハナ村で、パクをまっているはずでした。
 殺しやのむれから一ぴきのどうもうなヤツが、うなり声をあげて岩の下までちかよってきました。ヤンも、ひくくうなってその敵を見ました。からだじゅうから汗がふき出しているのに、ぶるぶるとふるえます。うしろからも一ぴき、のぼってきます。そして、右からも、左からも、ななめ前からも。
 するとそのとき、どこからともなく一本の矢がとんできました。”ギャーン”岩をのぼろうとしたオオカミが一ぴき、その矢にあたってころげおちました。そして、また一ぴき、矢は、つぎつぎととんできました。一本もむだ矢のない、たしかなねらいでした。
「ケイタおにいさんなの」
 ヤンは、てっきりそう思いました。ヤンはあまえた声を出して、矢のとんできた方角に顔をむけると、まっさおになりました。すこしはなれたがけの上からヤンを見おろしていたのは、こげ茶色の肌のマサイ族の少年だったのです。マサイの少年が、一人前の戦士(マサイのモラン)になるために、ライオン狩りをするという話は、ヤンだって赤んぼうのときからきいていました。
 そのとき、パクのよぶ声が聞こえました。
「おーい、ヤーン!」
 その声をきいてヤンよりも先にがけの上のマサイの少年が、右手で長いやりを高だかとかかげて、なにかさけびました。ヤンは、どうしてよいのかわからなくなって、岩の上にすわりこんでしまいました。そんなヤンのすわっている赤茶色の岩にだれかがひょいととびのると、ふるえているチビライオンの背なかをそっとなでました。ケイタでした。黄色いわか者も、いつのまにかきていたのです。
 ケイタは、ヤンの横にすっくとたつと、ちかよってきたパクと、カルンと、それから、こげ茶色の肌をしたマサイ族の少年にいいました。
「これから、マサイの少年モランとパクとの勝負をする。ぼくは、この少年モランとも、ライオンのパクとも友だちになったばかりだ。どちらも殺したくはない。しかし、そんなことをいってもサバンナではリクツがとおらないだろう。よし、思いっきり戦ってくれ」
 戦いは、すぐにはじまりました。この戦いのためにマサイの少年は、とおいマサイの村をあとにしてサバンナを旅していたのです。パクだって王さまライオンです。ひきさがるわけにはいきません。
 相手の眼と手と足の動き、その三つの動きに注意しろ。胸を見せてとぶな、やりは下からパクの胸をさす。パクは、じわっとからだから力をぬいて草地の上にたっていました。 相手の動きにこちらの動きを、まっすぐにむけるんだ。パクは、ケイタにならったカクトウギのワザを、こんなにはやくつかえるとは思っていませんでした。パクは、黄金色のたてがみにかけて、まけるものかと思いました。
 こげ茶色の少年のひたいから汗がつぶになってふきでていました。やりのほ先が、きらきらとひかりました。少年も、パクも、相手を見つめたまま大地に根がはえたようにぴくりともしません。太陽が、一人と一頭の戦士の頭の上に、さんさんとてっていました。
 それから、4時間、パクと少年のにらみあいがつづきました。
 いつか夕日がサバンナ全体をオレンジ色にそめはじめました。パクも、少年も、それをまっていたかのように、ふたりとも草の中にすわりこんでいました。
 カルンが、パクのそばにそっとちかよって行きました。ヤンは、さっきのおれいをいわなければといいながら、マサイの少年の方に歩いていました。
 ケイタは、見わたすかぎりの草原の中を、おどりながら、さけびながらかけていました。「マサイもライオンも、ぼくの生徒だものなあー。ぼくのサバンナだものなあー」
 まるでそのすがたが、サバンナの黄色い風のように、カルンには見えたそうです。
                     (朝比奈秀行・1984.10.23)